【うつ病発症物語10】心さらに壊れしとき、友遠方より来る


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心療内科でも???

薬などで睡眠はとれるようになったものの、自分で作り始めてしまった呪縛を解くことができないまま、2度目の心療内科に行きました

医師からの「え?まだ休職してないの?何やってるの!」という叱咤があったのは覚えています。そして言い訳として「どうしても仕事をその時期はやらなければならなかったので・・・」と伝えた気がします。ただこれは当時の被害妄想が入った印象が強いです。今では医師はそういう気持ちで言ったわけではないのだろうなと思いますが、弱っているとダメな自分に対する応援でも批判されたような気持ちになるんですよね。

それ以外のこの近辺の記憶がすごく弱いのは、それだけ脳の負荷が強かったことを意味しています。もうネガティブとストレスと自己嫌悪と言い訳に縛られた自分は呼吸するのもツライ、ため息交じりだった感覚だけは覚えていますが・・・

 

生ける屍に届いたメール

もう心身ともに限界でした・・・。生きてるけど生きていないようなリビングデッドのような感覚にもう耐えることができないほどに毎日のように変な症状が出ることからも明らか

そんな矢先、あるメールが目に留まりました

「今度〇〇日にみんなで会いましょう」

それは数十年途一度は絶えかけたけれど、自分が進んで復活させた大学時代の親友からでした。当時は決断すること自体ももうつらいと感じる状態でしたが、それはまるで何か仕組まれた進むべき流れのように感じました

「参加します!会うのを楽しみにしています。」

そうメールを返すのにそう時間はかかりませんでした。

そして当日を迎えました。

 

流れる血と胸にこみ上げる気持ち

「お前(はいみっくす)のことは俺たちはよく知ってるし、能力が低いなんてとんでもない!人間性が低いわけない!!」

「他にお前の力を発揮する場所は必ずあるし、そこにいる理由はあまり感じられない」

それは自分からの言葉で誘導してしまった点がないとは言えませんが、弱気な自分と過去のことを伝えたときに親友たちから出た言葉

自分で抱えすぎてしまった悩みを親しい人に伝えて、それを受け止めてくれだけでもずいぶん楽になりました。そこに彼らにも似たようなことがあったこと、どうやって克服したのか、気づいたのか・・・すごく親身な対応をしてくれましたのです。

すごくありがたかった・・・彼らと出会えたことをここまで感謝したのは大学を卒業した時以来かもしれません。自分は本当に縁に恵まれている、そう思いました。

胸にこみあげる感動とともに、体に少しだけ血が流れたような・・・その気持ちと彼らがくれた勇気が自分の限界まで減らされた勇気に追加されたような感じでした。

 

もらった勇気を力に変えて

翌日の朝までには、自分の気持ちはある程度固めることができました。

しかし社会には段階があるらしいので、まずは先手を打ちます。

もう一度直接の上司にこう伝えました。

「おそらく上司が考えてるほど、自分の今の状態は甘いものではなく、今すぐにでも辞めなければ完全に壊れます。そうなるとお考えください。」

それを受けたその上司は「そうですか」としか答えませんでしたが・・・。

 

そしてさらに上の上司にメールをしました

「お話ししたいことがあります、時間をください」

と。

 

続きます

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